「受けるよりは与える方が幸いである」
使徒パウロが伝えたイエス・キリストの「ことば」です。
石川神父さん、お帰りなさい。
石川神父様は、一昨年8月14日に誤嚥性肺炎のため帰天されましたが、献身を貫くように群馬
大学医学部に献体され、医学の発展のために尽くされました。この度その役割を終えて、神父さん
は久しぶりにあかつきの村に帰村なさいました。
☆ ☆ ☆
神父さんは、中学生のとき、国際赤十字を組織したアンリ・デュナンがその著書の中で繰り返し
た言葉「受けるよりは与える方が幸いである」という聖書の一節の「ことば」が強烈に心に残り、
その後の人生の選択を決定付ける源になりました。その後、J.R.C.活動等の奉仕活動に邁進し
ますが、段々疲れが溜まった或る日、カトリック前橋教会の門をたたきます。そこで指導司祭の牧
野神父さんと出合い、洗礼のための勉強を続けているとき、牧野神父さんの計らいで参加した黙想
会で宣教師 S・カンドウ神父の本を手にし、その生き方に共鳴し「貧しい人のために生きる司祭」に
なることを決意します。大学卒業後東京カトリック神学院の神学生になり、昭和44年(1969 年)
カトリック司祭に叙階されました。
その後、石川神父さんが心に温めていた理想を後押ししたのは、当時の浦和教区長・長江恵司教
です。長江司教は石川神父さんに語りました。
「教会に来る人よりも、教会に来ることができない人の方が救いを必要としている。教会に来る
ことさえできずに苦しんでいる人のところに出て行き、そこに人の集まりが出来る。それがこれ
からの教会だ」(田中真樹子記「思い出の石川能也神父-あかつきの村覚え書―」から引用)。
こうして知的障害者との共同生活による小さな村が創られてゆきます。しかし神様の計らいによ
って、その後ベトナム難民を受け入れ、今日のあかつきの村へと繋がっていきます。
神父さんは、ご自身の体調が思わしくなく床で休んでいるとき、傍に寄り添っていた私の手を握
りながら、私に話しかけた「ことば」を思い出します。
「斎藤君、復活を信じるかね! 」
いま神父さんは、天の国の宴の席で懐かしい
人たちと楽しく語り合っていることでしょう。
「ことば」によって生き、「ことば」を残した
石川神父さんに椎名麟三のことばを捧げたいと
存じます。
「ことばの命は愛である」
石川神父様、安らかにお休みください。
写真:5 月 30 日、帰村なさった石川神父様のセレモニーを、
ご親族、親交の深かった人たちで行いました(あかつきの村聖
堂にて)。